Pride of Wacom - ワコムの矜持

「閃きの瞬間」を捉えて離さない:
ワコム初の本格的ポータブルデバイスの実現


ワコムが作るポータブルデバイスはどうあるべきか

プロフェッショナルなクリエイターの要求に応えるワコムらしいポータブルデバイスとは何か? その答えを探し続けたエンジニアたちの挑戦に迫る。実はこれまでワコムでは、「クリエイターたちは、本当にポータビリティを求めているのか?」という議論がほとんどをなされて来なかったと言う。

「自分の仕事場で黙々と作品作りに取り組んでこそプロフェッショナルである、というようなステレオタイプのクリエイター像が私たちワコムのなかに存在していたのかもしれません」と語るのはメカニカルエンジニアリング部門でシニアマネージャーを務める 前田正之。Wacom Movink 13の開発では、技術的なリサーチや初期段階での基本設計を 担った。前田らは、テクノロジーの進化により、ありとあらゆる行動が、時間、場所、空間の制約から自由になろうとしている現代において、創作活動に関する既成概念も変わっていくだろうという考えのもと、新しいポータブルデバイスの開発をスタートさせた。

徹底的に、薄く、軽く、強く

前田の上席にあたり、メカニカルエンジニアリンググループを統括する 長瀬修は、「チームメンバーが一丸となってこのプロジェクトに臨んでいましたね。『新しいことへの挑戦』と聞くと、エンジニアは誰もがときめくもの。プロジェクトチームのメンバーの熱気を感じました」とチームメンバーへの信頼を口にする。開発・設計の根幹にあったのは「薄く」「軽く」「強く」の3つのポイント。いずれかが欠けても目指すデバイスは実現できないという意味で、それらの要素は三位一体でありながら、最も外的要因に左右されたのが「薄く」の部分だった。製品の仕様上、USB Type-C端子を組み込むことが必須であったため、まずターゲットとなったのが「 本体を極限まで薄くすること」だった。前田はそのこだわりを嬉々として語る。

「USB Type-C端子を使用しながら物理的限界まで薄くすることが、私たちにとってのチャレンジでした。一般的なUSB Type-C端子には金属製のシェルがあるのですが、今回はそのシェルを取り除いています。シェルがないことで部品加工や組み立ての精度が求められる。横から見ると、USBポートのある上部は6.6mmと限界まで削り、そこから下部に向かって4.0mmまで絞り込まれていることがわかります。左右両方にポートを組み込んだのも最適な創作環境を実現するためのもの。ケーブルは取り回しやすい長さにこだわり、画像信号を送るものとしては、これまでのワコム製品にはない柔軟性も備える。プラグ先端もワコム最小。ディスプレイのガラスも業界最薄レベルを実現しています。可能な限り軽くするというポータブル起点の思想が随所に息づいていますね」

薄さと軽さを求め、フィルムタイプのEMRセンサーに挑む

「薄く」を追求するうえでは、EMRセンサーも重要な役割を果たしている。EMRは、ワコムが特許を取得したディスプレイ関連技術。デバイスの液晶ディスプレイの裏側にあるセンサー層と強化ガラス層から構成されており、EMRセンサーは垂直・水平交互の格子状に正確に組み込まれている。このセンサーが微弱な電磁信号を発し、これらの信号を組み合わせて、デバイスのガラス面から約5 mmの範囲に磁場が発生することで、液晶ディスプレイおよび保護ガラスを通過してペンに電力が供給される。

Wacom Movink 13では、これまで以上の薄さを追求するために、EMRセンサーにも「さらに薄く」が求められた。「フィルムタイプのEMRに挑戦しましたが、これがかなりのハードルでした」と話すのは、EMR関連の設計・開発を主導したEMRハードウェアマネージャー の土橋慧だ。

「これまでにもフィルムタイプのEMRを使った製品はありましたが、プロフェッショナルユースを想定したデバイスに採用するのはWacom Movink 13が初めて。フィルムタイプなどの薄型EMRセンサーではペンの性能が発揮しにくくなるため、プロが求める性能を担保するのは相当な技術が必要です。また、今回の製品では、付属のWacom Pro Pen 3のみならず、様々な種類のUDペン*にも対応する必要があったので、センサーの調整も一筋縄ではいかなかった。内部の配線もこれまでのワコム製品にはなかった新しい試みを取り入れています。結果的には、薄いながらも最高のペン体験を届けるEMRセンサーを実現でき、重さも10分の1にまで抑えることができたため、軽くする部分でも貢献できたのではないでしょうか」

* UDペン:ペンの筆圧などの情報で直接交流磁界の変化でセンサーに伝える「UD方式」という技術を用いたデジタルペンのこと。

ポータビリティを極めるアクセサリー類のあり方

「軽く」かつ「強く」を実現するため、Wacom Movink 13の外装にはマグネシウム合金を採用。ワコムではこれまで外装パーツにこの素材を使ったことはない。高級感のある手触りと落ち着いた雰囲気のある外観にも、マグネシウム合金の素材感が一役買った。常に持ち歩き、手に触れるものだからこそ、指紋が目立ちにくい加工も施されるなど、細部に至るまでこだわりが光る。一つひとつの構成要素において「極限まで攻める」ことで、結果的に当初思い描いていた以上の「薄く」「軽く」「強く」が実現されたことがよくわかる外観だ。

また、ポータブルであるが故に、アクセサリー類へのこだわりも並々ならぬものがあった。好みの角度に調節できる折りたたみ式のスタンド、ディスプレイのガラス面を守るスリーブ、デジタルペンの保護ケースなど、Wacom Movink 13を持ち歩くクリエイターが必要とするアクセサリーは、すべてゼロからの開発だ。

「たとえば、このロールアップ式のペンケース。付属のWacom Pro Pen 3をはじめ、デジタルペンのペン先 は外からの衝撃を嫌います。ポータブルで使用するシーンでは、バッグのなかで思わぬダメージを受けてしまうかもしれない。ペン先 を守るという発想はポータブルならでは(前田)」

どんな場所でも最高のパフォーマンスを発揮できるよう、最も力を入れたアクセサリーがFoldable Standだった。このスタンドにWacom Movink 13を乗せるとデスクに対して20度の角度が保たれ、クリエイターにとっての最適な創作環境がいつでもどこでも一瞬で整う。このスタンドは開発期間が極端に短かったため、通常の製品開発であれば企画段階で出てくるような課題が、実際の製造工程で現れることもあった。創作の観点から言えば、使用時のガタつきが出ないようにすることが最も重要。それを実現するには部品加工や組み立てに高い精度が求められる。

「単純な構造に見えて、実はかなりの技術が使われているんです」と長瀬が話すように、強度を担保しつつ、ポータブルデバイスに適した軽量化を図っている。開閉時に必要な力加減にも気を使った。軽すぎず、重すぎず、適切な力で、好みの幅に広げられること。フリーストップのメリットが最も発揮できる力加減を探っていった。前田も、「本当に細かい部分にまでこだわってつくったので、使えば使うほどクリエイターにとっては『かゆいところに手が届く感覚』が味わえると思います。限られた時間のなかで、クリエイターの立場になってあるべき姿を微に入り細に入り、徹底して考えました。このスタンドのことなら、一日中話していられるくらいの苦労がありましたね」と、開発当時を振り返る。

ワコム初のポータブルデバイス:確かな手応え、そして、次の一手

「プロクリエイターが驚くような製品を届けたいという気持ちは、ワコムの誰もが持っている共通の想い」と語る長瀬。「Wacom Movink 13はワコムにとっては全く新しいカテゴリーの製品でしたから、プロジェクト開始当初はこの難しさに気が付いていませんでしたね。それでも最後まで成し遂げられたのは、プロクリエイターに最高のペン体験を届けるという使命があったから」と目を細める。

「このプロジェクトで掲げた、薄さ、軽さ、強さ。おそらく、いままでのワコムだったら、ここまでの理想を追い求めていなかったかもしれません。フラッグシップペンであるWacom Pro Pen 3の開発にも言えることですが、新しいことへのチャレンジは楽しいですよね。ポータブルデバイスとして納得のいくクオリティに仕上げられたと感じているので、ぜひWacom Movink 13と一緒に出かけて、色々な場所で使ってもらいたいですね。閃きの瞬間はいつ訪れるかわかりませんから」と、前田もその出来栄えに手応えを感じている。

ワコム初の本格的ポータブルデバイスを世に送り届けたいま、次はどこへ向かうのだろうか。「この製品は、間違いなく私たちの自信作。一方で、『クリエイターにとって、この製品が本当に正解なのか?』という問いを自分たちに投げかけ続けなければなりません。プロクリエイターからの要望に耳を傾けながら、さらに新しい製品を作っていきたいですね」と、長瀬はあくまでも謙虚に新たな一手を模索する。ポータビリティという新しい切り口から生まれたWacom Movink 13に続くのは一体どんな製品なのか。想像しうる限りの可能性を追い求めるエンジニアの姿が、ここにある。

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