「学習のサイクル」を回せ。ー デジタルとアナログの融合が生み出す「新しい学びの仕掛け」。

「学習のサイクル」を回せ。ー デジタルとアナログの融合が生み出す「新しい学びの仕掛け」。

不易流行:変えないものと変えるもの

ラブレター。通信教育をリードするZ会では、会員から届く答案用紙をこう呼んでいる。会員たちが課題と真剣に向き合って作り上げた手書きの解答、そこに書き入れられる添削指導者からの朱筆。手書きの文字を介した温かみのあるやりとりを見れば、その優しい語感はまさに言い得て妙だ。90年以上の歴史を持つZ会は、その誕生以来、一貫して「書いて、学ぶ」ことを大切にしてきた。「書くことの積み重ねが真の学力をつくる」というのは人類の経験則と言っても差し支えないだろう。「教育(Education)」と「テクノロジー(Technology)」を組み合わせた「EdTech(エドテック)」が衆目を集める現代にあっても、手書きの価値を大切にする姿勢は変わっていない。「百の聴講よりも一の実践」という原点を大切にしながら、学習環境や技術革新に対しては積極的に対応していく姿は、不易流行を体現したものと言えるだろう。Z会とワコムの協業による初の成果は、新しい学習コースである「中学生タブレットコース」で、2021年にリリースされている。その後も両社は共同研究を続け、手書きの価値を大切にした新しい学習体験の開発を目指している。

Z会はデジタル領域に進出するにあたり、実は様々な協業候補をリサーチしていた。デジタル進出の第一歩としてタブレットの共同開発パートナーを探していたZ会。数ある候補からワコムに白羽の矢が立ったのは、両社が抱く「手書き」に対する譲れない想いが共鳴したからに他ならない。株式会社Z会・情報システム部システム開発課課長の渡辺淳氏は、「正直なところ、ワコムさんが最初に候補に上がったことは確かです。その理由は『手書き』の価値を重視していたこと。その見立ては正しく、『WILLTM』いうデジタルインク技術をご紹介いただいたことで、研究の幅にも拡がりがもたらされました。タブレットでも紙と同じように書けるというアナログの再現性だけでなく、ワコムさんの持つ技術的裏付けによって新たな発想が生まれたのです。セマンティック(意味論的な)領域の研究もそのひとつです」と述懐する。

現在、両社の共同開発は、一人ひとりに寄り添った個別最適化された学習を実現するためには欠かせない、あるテーマに沿って進められている。それは「何を書いたのか?」と「どう書いたのか?」という2つのテーマだ。その両方を見据えつつ、2023年のリリースを目指して先行開発しているのが、「どう書いたのか?」というテーマから発生した「学習の習慣化」と「学習のモチベーション向上」を目指した機能である。

デジタルの仕掛けが「学習のサイクル」を 加速させる

Z会が標榜するのは「会員が継続できるサービス」。課題に臨み、答案用紙を提出し、添削指導員からの朱筆を確認し、その答案用紙を用いた復習で学力の定着を図る。この「学習のサイクル」を自主的に回すことが、継続して学び続けるためには欠かせない。来春の実装を目指す機能は、いずれもこのサイクルを回すための新しい武器となるだろう。株式会社Z会・中高事業本部指導部 中学指導課課長である祝部憲孝(ほうり・のりたか)氏はその期待値を語る。

「学習を続けること、特に復習の大切さは理解しているものの、思ったように進められないという会員は少なくありません。デジタルテクノロジーを活用して私たちが考えているのは学習のサイクルを継続して回すための『仕掛け』です。今回搭載する機能も、楽しみながら学習を継続するための新しい仕掛けとなるでしょう。こうした技術も、これまで私たちが大切にしてきた『手書きの価値』を進化させたものです。プロトタイプを体験していただいた会員からの反応もよく、来春の機能実装に向けて改良を進めていきます」

 

人間の思考プロセスを可視化したい

これから先、両社はどのような方向で研究を進めていくのだろうか。渡辺・祝部の両氏からはワコムとの協業が生み出す新しい価値に対する声が聞こえる。

「現時点での研究は『どう書いたのか?』というテーマを集中的に掘り下げていますが、近い将来には『何を書いたのか?』というもう一つのテーマと組み合わせたサービス展開を見据えて、さらなる研究を進めています。そこには教育の専門家である私たちの知見も必ずや活かされると思われます。我々の協業はデジタルインク技術から始まっていますが、ワコムさんのパートナー企業のご協力もあって、アプリケーションのUX自体の改善も進めることができています。開発したサービスをZ会会員に届ける部分、すなわち『学習体験』も一緒に創っていけたらと考えています」(渡辺氏)

「私たちが学習指導を考える上でベースにしているのが『人間の思考プロセス』です。今回の『何を書いたのか?』に関するディスカッションを進めるなかで、私たちだけでは辿り着かなかった、納得感のある『思考プロセスの分類』が見えてきたという成果がありました。添削指導者は答案用紙に書かれた内容をどのように見ているのか。これは瞬時には判断が難しいもので、経験知によるところが大きい。思考とは実に複雑です。その複雑なものをデジタル化の過程で機械的に定義し、そこに添削指導者の視点からの検証を加えることで、今後は経験知を集合知へと転換することができるのではないかと考えています」(祝部氏)

23年度にリリースする機能は、「思考プロセスの可視化」に先鞭を付ける技術である。通信教育は家庭教師や個別指導と比較して、答案作成という「点」と、添削という「点」はあるものの、その点と点の間に横たわる膨大な時間を捉えることが難しかった。しかし、デジタルインク技術はその間をつなぐことができる。可視化された情報を活用して、どのような学習指導を行なっていくのか。そのとき、Z会の真価が発揮される。

コネクテッド・インク2022では、Z会とワコムの最新の取り組みを紹介するセッションも用意されている。学習の未来に触れたい方、学習とテクノロジーの融合に興味のある方は、ぜひ足を運んでみてほしい。

editor / text _ 川上主税(Chikara Kawakami)